3月11日から一ヶ月が経ったが、あれからこの東京でさえ生活が
かなり変わった。勿論被災地の過酷な状態に比べれば言うにも及ば
ないけど。
この1ヶ月で色んなことを感じ、色々と考えさせられた。
平常時には当たり前になってしまって見えなかったことがよく見える。。
先ず今回ほど社会インフラの脆弱さを感じたことがなかった。
交通、電力、物流、水道など生活の基盤を支える社会インフラはあの
程度(東京の)の地震で一気に麻痺し、機能しなくなった。
二次災害で冷却機能を失った福島第1原発が稼動停止しただけで
首都圏は電力不足に陥り、停電が発生するなんてこんなにダイレクト
な影響があるものかと驚いた。
街はネオンからコンビニに至るまで節電で照明を落として暗くなったけど
、慣れてみれば元々こんなもので十分なのではないかと思う。
そもそも日本は光害が溢れ、電力を贅沢に使いすぎだった。
そう言えば、以前見た衛星写真でも世界の中で日本だけ夜間の発光量
が断突に明るかったのを思い出した。LEDや太陽光発電等の新技術も
大切だが大量の投資を伴う。使う量そのものを減らすシンプルな省エネ
があってもいいのでは。
平常時に戻っても節電しよう。
東京消防庁ハイパーレスキュー隊他放水活動にあたった隊員の任務
に対するプロ意識を見て感激した。生死に関わる危険な環境の中で
あそこまで与えられた任務を遂行するのは命令されたからではなく、
自分達がやらなければ誰ができるんだというプロ意識からだと思う。
「任務」「プロ意識」-自分には果たしてそれだけの明確なものがあるか?
3月11日の大災害以来、多くの国の人たちが日本を励まし、支援の
輪が広がっている。これは日本という国の人徳のようなものなのかも
知れないが、被災者でなくてもこれほど嬉しい事はない。
あらゆる手を尽くし人の命を助ける。同時期に地球の裏側では間逆の
戦闘が始まった。人類のパラドックスでもある。
正直、あれ以来海に入るのが怖くなった。
津波と放射能だ。気にし過ぎと言われるが、津波はいつ起きてもおか
しくないし、福島からの海洋汚染は全く収束の目処は感じられない。
当面北千葉以北には行かないと思う。でも海は行きたいから伊豆に
は行くかも知れない。運悪く津波が来たらそれは仕方ない。
過去プーケットでもそうであったように、あの美しいマリンブルーに輝き、
芸術のようなブレイクを見せる海でも、突然牙を剥くんだということを
忘れてはならない。それが自然というものとの付き合い方である。
今年もサクラが綺麗に咲いた。
